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責任という虚像

責任という虚構

責任という虚構

「人間は主体的存在であり、自己の行為に対して責任を負う」ことに対しての反証をした本。

まずは、主体性がどれだけ脆弱かが検討。そして分業体制による責任の分散について示して、責任と法律の関係、責任と自由の関係、責任と社会秩序の関係性についての主張をしている。

主体性についての話が面白かった。主体性が脆弱である主張の根拠として、ユダヤ人の殺人方法を上げているけれど、銃殺や直接人の手で、殺人を行うと死刑の執行者への精神的苦痛が大きくなってしまう。それを防ぐために、各作業を分業化し、責任転嫁をしやすい環境にする。また、死刑執行をする現場と執行者を隔離するために、ガス室を導入して、心理的距離を離れさせ効率化をはかる。さらに死刑執行者側の正当化はもちろん、殺される側にも自らの罪を認めさせた。

主体性が脆弱ならば、時に自身の行為を正常に把握することは出来ない。ならば、各人の行為に責任を負わせて、行為に問題がある場合に刑罰を与えるとしたら矛盾が生じる(行為が主体的でない可能性があるから)。責任があるから罰せられるのではなく、罰せられるから責任があるという発想はすごく新鮮だった。

■ メモ
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