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枠からはみ出るということ

石橋貴明がラジオでAKBの強さについて若干語っています:AKBエンタメクラスタ
テレビは、昔から型におさまらない人たちが成功してきた。自分が思いつく一番古いのは、コント55号でテレビの枠を気にせず舞台を使いまわしていたら、「テレビの画面から飛び出す男たち」なんて、言われたそうだ。*1
枠に収まらない人というのは、憧れを醸し出す。 スティーブン・ジョブスは、まさに典型だ。「think different」と言って、既存の枠の外で戦い、見事Appleを復活させた。皆が思いつかなかった、もしくは思いついていたが実行を出来なかったことをやってのけて、浸透させた。
ただ枠から外れることはそんなに難しくない。いわゆる不良だって学生という枠から外れていると見て取れる。ただそれを成功に導くのがとても難しい。
まずは枠の外れ方を学ばなければいけない。
ストライクゾーンも分からずに外すことは出来ない。 イメージはストライクゾーンぎりぎり。外れすぎると時代が早過ぎたと嘆くことになる。
ただ外れすぎても成功する場合がある。新しいストライクゾーンを自分たちで新しく決めることだ。それを狙って成功した場合、競合相手が戸惑う。頭を切り替えられずに、もともとのストライクゾーンと比べてしまう。するとなぜそれが成功したのかわからなくなる。
コンピュータの世界はハードウェアの進化とソフトウェアの進化が並行して走っている。おかげでコンピュータが何をしても、よっぽどのことがない限り驚かなくなった。今ではケータイに話しかければ、なんだって教えてくれる。 友だちにいつだってメッセージを送ることが出来る。いつのまにか音声のやり取りもケータイがあれば、無料で行う手段もできてしまった。人間の動きに感知し映像を変化させることもできる。どこまでも想像できる。どこまでも枠の中だ。
じゃあコンピュータの世界、特にネットワークサービスの世界の枠の外とは一体どこにあるのだろう。 ひとつすぐに思いつく。現実の世界だ。いつもネットワークサービスの世界は、現実の世界の枠を切り取って、コンピュータの世界に持ち込んできた。今となっては、そこら中の現実の世界の枠が剥がされ、ネットワークの世界に持ち込まれている。もうネタ切れなくらい。
もうネットワークの中で完結するコンシューマー向けサービスでは人に新しい驚きや面白さを与えることは出来ないんじゃないだろうか。単純に現実のものをデジタルに置き換えて、ネットワークに乗せるだけじゃ駄目だ(電子書籍みたいに)。現実世界とコンピュータの世界に枠を作って、その間の行動習慣を設計する必要があるんじゃないだろうか。そろそろコンピュータという枠そのものから離れるころなんじゃないだろうか。
そんなことを漠然と思いながら、明けましておめでとうございます。
今まで通りtwitterFacebookで宣伝することなく、さりげなく書いていきます。

*1:[http://mugendai.bloggers-network283.com/%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E8%8A%B8%E8%83%BD/page/2/:title]